2010 / 09
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「小説家になろう」の活動報告にコメントがありましたが、それをこちらに移して良いかわからなかったので、私の返事の部分だけこちらに載せます。

>李さん

お久しぶりです。コメありがとう(^O^)/
宮崎監督の場合、原作はあってもなくても「宮崎さんの作品」になってしまうので、その辺りは私は、あまり心配していません。ただ、体力がきついだろうなとは思います。今年の夏、無茶苦茶だったし。あれだけ作り込もうとすると、相当な胆力も必要になります。

金銭的な問題もあるし。資金がなければ作れない。アニメ業界、ずっとひどいことになってませんか、今。まともに評価されていない上、報酬も削られているとか聞きますけど。

本人がこれやりたい、というの、できない状況もあるだろうし……ゲドは、宮崎さんにとって、本当に、自分自身の原点みたいなものだったらしいし。それができなかったのも、辛かったとは思いますね。

児童文学系で、宮崎さんの解釈で作ると、どうなるかな、と思っているものはあります。現代のアニメ作家が作るとたぶん、手あかがついたような、ありきたりな解釈の作品になりかねない、でも彼なら別の解釈をしてくれるのではないか、と。

当たり前のものを、当り前に見るのは、難しいんですよ。

常識と言う名の偏見を身につけて、人は大人になってゆくらしいので(BYアインシュタイン)。その偏見を脱ぎ捨てて、そこにあるものをただ、そのままに見る事のできる人は、達人と呼ばれるたぐいの(笑)人になりますね。

宮崎監督の場合、それができている人なので。ごくフツーの作品、当り前の作品を、当り前に、特別にしてくれる。それ、見るのが私、好きなんですよねえ……。

もうちょっと、彼が遊べる状況なら良いな。と、思います。


※ ソクラテスじゃないよ。アインシュタインだよ。という事で、コメント書き直しました。正確には、
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」……アルベルト・アインシュタイン
です。
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 スタジオジブリの「借りぐらしのアリエッティ」、観て来ました。
 ……ううう~んんん……。

 いや、悪くはない。悪くはないんですが。
 何だろう、この、「もう少しがんばりましょう」みたいな意識が残る、終わった時の感覚。
 悪くはないんだけどなあ。
 なぜか、「これだけ?」と言いたくなってしまうと言う?


 つらつらと思い返している内に、気がついた。
 空間が出来てない。
 宮崎アニメ(駿監督の作品)では、必ず、要所要所にはさまれる、心象をふくめた空間の表現。それがなかった。
 千と千尋、での花の乱舞する庭、広がる海。水の空間。
 ハウル、での霧の荒野、飛翔する魔術師たちの空。
 もののけ姫、での逃げようと走る草原、戦おうとした時の森、荒野。
 そこにあるものを見る時、それだけでなく。そこにいて、見ている人の、心象=感情、心の動きまでふくめて、宮崎 駿監督は空間を形作り、表現している。
 アリエッティに、それはなかった。
「広い」とか、「大きい」とか言うセリフはあったが、そこに描かれるものは、あくまで常識の範囲内の、日常的にある風景。
 アリエッティ自身の感じた心の動き、恐怖や好奇心、などといった感情を交えて見えた風景や、ものの見方ではなかった。


 あと、宮崎アニメでは、水の表現が、異世界につながってるんじゃないかと思うぐらい、徹底して美しい。水を通して空に、異次元世界に、すぽーんと抜けて行ってしまえるんじゃないかと思えるほど、透徹で、しんとして、ただそこにあり、全てを飲み込み、在り続ける、そんな「水」が出る。
 これもなかった。
 川や池は出てきたが、それはあくまで風景の一部としての川であり、池に過ぎず。異世界にひょっこり行けちゃうんじゃないかというような、どーん! とした水がなかった。

 残念。

 最も、宮崎監督がコンテから何からやっちゃうと、変な現象が起きるのだが。関連商品は売れるけど、原作は売れないという。
 多分、監督が原作を素材として、登場人物の心象風景を映像化し、別の世界にまでつきぬけちゃうような、練りこみ、作りこみをするからだろう。それを考えると、アリエッティの作り方は、ある意味「正しい」のかもしれない。
 観ている人間は、「もうちょっとなあ……」といいたくなってしまうが。悪くはないんだ。本当に。でも、もうちょっとなあ……。


 以前、私は絵について「個人的な」事を突き詰めたようなもの、と書いたが。宮崎アニメも同じ部分を持っている。
 監督が作るものは、原作を非常に「個人的な」読み方、見方をした作品であり、徹底して「個人的」にこだわって作っている。
 だからこそ、時代を超えてしまう。
 なぜなら普通、一つの物事を「個人的に」突き詰める作業なんて、人はしない。「それなり」「適当」で、「こんなものだろう」と自分を納得させて流す。
そうしないと、情報量が多すぎて処理しきれなくなる。日常生活に支障が出てしまうのだ。
 それを、彼は。風の流れ方、匂い、いろづいて感じられる感覚から、土のかたち、匂い、肌触り、聞こえてくる鳥の声、木々の葉ずれの音、足で大地を踏んだ感覚、風を受けた手、腕、頬の感じ、目にうつる色の変化、心の浮き沈みによって見える色彩の入れ替わり……まで。徹底して記憶して、掘り起こして再構成しようとする。
 宮崎監督がやっているのはそういう事で、だから非常に「個人的」であって、同時に「とんでもなく凄まじい」作業なのだ。
 だから見ていると、その世界に酔える。


 宮崎 駿監督の作品作りは、真似しようとしてもできるものでもないが、とても参考になる。自分自身の作品を作ろうとするときに。
 世界を構築するとは、ここまで妥協しない事なのかと、思わせてくれる。
 彼に原作を使われる事は、はっきり言って、彼に作品の大切な部分を盗まれる事でもあるのだが。それでも良いや~、だって作った私より良い作品作って見せてくれるんだもん! と言ってしまえるものがある。いや、使われた作家が全員、そう思っているかどうかは知らないが。
 でも徹底して自分の作品を突き詰めて、煮詰めて、読み込んでくれて。再構築したものを広げて見せてくれるのだ。悔しいと思う反面、うれしいと思わなければ、作家じゃないだろう。ここまでやってくれたのか! と思わされるはずだ。
 いやもう、個人的なもの万歳。
 体調を崩されたりしていないかなあ。また絵コンテ切って作品作ってくれないかなあ。
 私の小説で、作品作って遊んでもらえないかなあ。
 ……と、思ってしまった。無謀?

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 吐き気が続く。目が回る。頭痛が収まらない。
 風邪かと思っていましたが、どうやら熱中症の症状です。流行の最先端になっちゃったよ。
 家の中で、自室にいて、熱中症になるってどうなんだ……。
 水分と塩分取って、体を冷やすようにしていますが、回復が追いつかない。集中できない。キモチワルイのがずっと続く。ふー。


☆★☆


 絵とデザインは、正反対の方向を向いている。

 そう言うと、多くの人は首をかしげる。同じだろう、と言う人もいる。似たようなものだろう、と。

 しかし、全く違う。絵は、画家本人が何を言いたいのか、自分自身を突き詰めた上で描く。自分に向かうものだ。だから表現されたものが何なのか、人が見てもわからない時がある。それは画家の、個人的なものの現れだからだ。画家自身の悩みや喜び、一人の人間の生きてきた日々を凝縮したものが、そこでは表現されている。

 対してデザインは、その時代の人々の意識を平均化したものを描く。デザインの場合は、何かを宣伝する為に作られる。だから、多くの人々に好まれなければならない。また、ぱっと見て、それが何であるのか、すぐにわからなければならない。その結果デザインは、その時代の人々の最も心地よいと感じる形や色、流行の平均となってゆく。さもなければ、宣伝する商品やイベントが何であるのか、わからなくなってしまうのだ。そこでは個性を出しても良いが、自分を出してはならないというルールがある。デザイナーが自分自身を少しでも出すと、それは個人を表現する作品となってしまい、宣伝するべき商品やイベントを損なってしまうのだ。

 絵は、個人に向かうもの。デザインは、その時代を切り取ったもの。そう表現するのが、一番近いかもしれない。

 「個人に向かう」絵は、そう考えると、先がないようにも思える。個人的なものの表現に過ぎないのなら、広がりなどなく、そこで終わってしまうのではないか。何にもならないのではないかと、考えたくもなる。

 しかし、個人的なものほど、時代を超えるのだ。

 現在残る多くの作品は、画家本人が「個人的に」、自分自身の感情や思考を突き詰めて残したものだ。ピカソのゲルニカは、画家本人の、戦争に対する怒りや悲しみ、覚えた痛みを描いたものだし、ダ・ビンチのモナリザも、画家本人の、個人的な思い入れや心情があったからこそ、描かれた。他にも多くの作品があるが、どれも、突き詰めればとても「個人的な」ものである。

 その「個人的な」部分を作品化するには、ひたすら追及し、余計なものを取り除き、中心部分に切り込んで「自分自身を見る」作業を、続けねばならないのだが。

 そうして、「個人的な」部分を追及した作品は、見た人に何かを残す。そうして描いた画家本人も預かり知らぬ所で、静かに広がりを持ってゆく。

 それは意図せずに、世界に触れることでもある。

 だから残る。だから時代を超える。

 描くとは、そういうことだ。


☆★☆


 頼まれて、絵に関するエッセイを書きました。上記の文章。絵とデザインの違いについて。
 書きあげて渡したら、文章が固いとかきついとか、わかりづらいとか文句言われましたが。

 署名もなしで、あいた所にちょっと載せるだけらしいので、あちこち変えられるのではないかと思います。それは良いのですが、絵とデザインの違いを知っている人は、案外少ないのではないかとも思いました。デザイン勉強した人なら、ほとんどが知っていると思うのですが。向いている方向が、とにかく正反対。違う。

 でも、同じようなものだと認識されてしまう。それで「せ○とくん」選考の時みたいな事になるのかな、と。あれ、一般公募じゃなくて、企画した本部かどこかが、自分たちで選んだ「芸術家」にデザイン依頼してるんですよね。


 デザインの場合、時代の流行を常にリサーチして追い続けなければならないので、その時代を「切り取った」ものとなります。その分、時代が変わると理解されにくくなったりする。資料として見ると、時代時代の人々の意識や流行、その時代に「当たり前」とされていたもの、などがうかがえるので、面白いものになります。

 絵……芸術の場合、作り手が自分の内側に向かって作るので。個人的なものとなる。けれど、個人は時代と世界につながって存在します。その時代の空気を蓄積し、その上で「個人」がいるわけですから、時として、預言的な作品が産まれたりもする。

 ヒトラーは古典的な芸術作品を好み、抽象的なものの多い、現代芸術を攻撃しました。現代芸術の作家たちの多くはドイツを逃げ出して、別の国に亡命しましたが、彼らの作品は、不安や、不安を感じさせるものを表現したものが多かった。あるいは、権威に対して反抗するような表現。あたりまえとされる事へのアンチテーゼ。

 ドイツにいた時点で、そういう作品を作っていた。じわじわと戦争に向かう、国の空気を感じ、未来に不安を覚えていたのかもしれません。

 そのような作品は、権力者を告発するものともなりかねない。作家本人が意識しなくとも、そうなってしまう作品というのは、あるものです。

 ヒトラーが現代芸術をことさら弾圧したのも、意識の底で、そういう事を感じ取っていたのかもしれません。



 ……固いか。もう、固いかな、この文章。やっぱあれか。熱中症だからか。
 要は、絵とデザインは向いてる方向、違うんだよと。そういう事で。それだけだったんですが、なんでこう文章長くなるかな。

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最後の竜騎士 第二話「いさかい」

Upしました。

ラニのような性格の人は、実際にいます。何人か出会いました。

「私の常識が世界のスタンダード」が日常装備。人間関係続けるのが、むずかしい。どうしてこういう性格なのかなと、首をかしげました。

自分の思い通りに物事が進まないので、本人もストレスすごそうです。気の毒な人ではあります。気を抜くと、全てのミスを私のした事だと言って回るので、対応に気をつけないといけませんが。とりあえず、作品に反映できたので、良い経験ができたと思っておきます。



最後の竜騎士 2.いさかい
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ムーンガーデン 第七話 「ほのかに、妖精めいた午後」

更新しました。

ローズゼラニウム。バニラの代わりにカスタードに入れて、トライフルにしようか~、そういう話にしようかなと、最後まで迷いました。

台風が来て暑さは減りましたが。今度は水害がすごい。関東地方、大変な事になってますが。水害に合われた地域のみなさん、どうか無事でありますように。


リンク先はこちら

ムーンガーデン~お茶の時間の小さな話~




最後の竜騎士 第一話 「水晶花のかけら」

新しい連載ですが、実は2009年度のクリスマスギフト企画に出しそびれた作品。

時間のあるうちに投稿してしまおうと、フライング気味ですが、第一話を上げました。


リンク先はこちら

最後の竜騎士



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ムーンガーデンの九月の話を、九日ごろに「小説家になろう」に投稿します。

執筆中の中編、「最後の竜騎士」、一万文字突破しました。二万文字前後になったら、分割して上げ始めます。


他に、古い作品がまた見つかりました。完結していないのが三本ほど。完結済みが一つ。短編がいくつか。

短編はまた、何作かまとめて上げようかな、と思っています。長編は…どうしよう。好き勝手に書いてたから、読者を選ぶ話になってます。一つはどう見ても、二十歳以上対象。言葉づかいとかが。「なろう」じゃなくて、別の場所でこっそり上げようか…。

あと、取り出せなくなっている作品が一つ。フロッピーディスクに保存してたら、動かなくなりました。どうにかならないかと焦り中。

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ゆずはらしの

Author:ゆずはらしの
「小説家になろう」にいくつか小説を上げています。

公民館で絵を教えています。水彩画。

紅茶、ハーブ、アロマなどが趣味です。でも手際はあまり良くない。お茶は淹れられるんだけどね。お茶はね!

思いだしたように記事を増やしてゆく予定。

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