2010 / 10
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明日は試験だ。去年、取りそびれた資格試験。

レポートもある。一つずつ片付けよう。

…ホウロウびきの湯わかしケトルが欲しいな。水の味がさ。気になると言うか。棚もつけたいんだよな。全部終わってから。試験終わってから。

いろいろギリギリです。それはさておき。


『日本屋』。


なんだ、そりゃ。と思った。逃避でネットをフラついた時に、目に入った単語。

「日本屋行く?」

小説内の登場人物が発言していた。それは一体、何を商う店なんだ?

日本独自の文化的なアンティークのみを扱う店か。庶民的な駄菓子文化を追求した店か。そうした品物すべてを取り揃えた、カオスな情報発信の店か。なんにせよ、『日本』と名前にあるからには、それらしい、怪しげな雰囲気漂う店だろう。発言したのは女子高生。なにゆえ女子高生。渋い。縁側で緑茶かほうじ茶、庭にウグイス、ししおどしの、かこーん、なBGMを聞きながら、ちょっとラブコメも入りつつ、日本文化をやや誤解気味な、エリートな外国人やら異世界人やら、魔王やらがまったりしたりする、世界の平和は任せろみたいな話なのかこれは。どうなんだ。

一瞬で、そのような考えが駆け巡った。

もう一度、よく見てみた。

主人公はこう発言していた。

「今日本屋行く?」


今、日本屋、行く?

ではなくて。

今日、本屋、行く?

ではないでしょうか。


………。


「……読点、つけろやあ!!!」


大事ですね、句読点☆ どこに「、」が入るかで、意味がまったり変わってしまうんですね!

でもちょっと読みたかったぞ、怪しい日本屋で世界の平和を守る女子高生な話!

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遅れていたレポートを、さっき送信し終わった。次は別の勉強。

レポートを書いているうちに、思いだした事があった。

想像力について。だと思う。

想像力の不足した人が最近、増えている。特に、十代の若い人。

人との関係が築けない。常に一対一の関係しか見えず、それ以外があると理解できない。人との関係は常に自分と相手だけ。それ以外がある事がわからないので、一対多の関係がわからない。わからないから、そこから何が派生するかなど、考える事もない。


☆★☆



父親と母親、小学生の子ども二人という家族が、込み始めたレストランに入った。小さな店だ。ウェイトレスは一人。店の責任者が調理をする。もう一人手伝いがいるが、その人は厨房を手伝っていた。客の相手は実質、ウェイトレス一人に任されていた。

高校生ぐらいの少女だった。アルバイトの店員らしかった。

家族は、あいていたテーブルに座る。これをAの家族とする。

隣の席には、同じような年齢の夫婦と、やはり同じような年齢の二人の子どもが座っていた。こちらはBとする。

ウェイトレスがやってきて、注文を聞いた。Aの注文も、Bの注文もである。合計八つの料理の注文された。

やがて、一つの料理が出来上がった。彼女は料理を運び、

Aの家族が注文した料理を、Bの家族のテーブルに運んでしまった。

ままに、ある事だ。人間なのだし、間違えることはある。しかし、彼女のそれからの対応は、実にまずかった。

Bの家族は、お腹がすいてイライラしていたのだろう。父親が、「うちの注文と違う!」と怒鳴った。ウェイトレスは慌て、謝った。そうして料理を下げた。

それから彼女は、料理を運ぶ事を放棄した。

怒鳴られた事で、恐怖を抱いたのだろうか。一時間。彼女はA、B、どちらの家族にも近寄らなくなった。合図をしても無視する。料理が出来上がっても運ばない。

八つの料理がどんどんさめてゆく。その間も、新しい客が来ては、食事を頼み、運ばれた食事をもらい、食べて店を出てゆく。

どちらの家族もイライラしてきた。特にBの家族の父親は険悪な顔になっていた。無理もない。お腹をすかせた小学生二人をかかえ、それをなだめながら、自分の空腹も我慢しなければならないのだ。しかも、合図をしても無視される。と言うより、ちらちらとこちらを見ているのだが、目が合うとさっと顔をそむけて、見ないふりをされるのだ。その間も新しい客が来ると、そちらにはちゃんと料理を持ってゆく。

何の嫌がらせだ。

二組の家族がそう思ったとしても、無理はない。

ついに、Aの家族の母親が切れた。何度か声を上げてウェイトレスを呼び、それでも来ないと見てとると、

立ちあがって、厨房に乗り込んで、店の責任者に話をつけに行った。

とは言っても、そんなきつい事を言ったわけではない。あくまで常識の範囲内の口調で、自分たちは一時間料理を待っていること、それなのにまだ料理が来ないことを言った。ウェイトレスが無視している事は、言わなかった。まだ高校生ぐらいの少女だったので、気の毒だという意識を持ったのだろう。「何度か呼んだんだけど、聞こえなかったみたい。忙しいし、仕方ないわね」とだけ言った。

しかし、彼女は、そうした気づかいも台無しにした。

話を聞いた店長は驚いた。そりゃそうだろう。慌てて自分の作った料理を見ると、さめてしまった料理が八つ、カウンターに置きっぱなしになっている。Aの母親に平身低頭して詫びると、席に戻ってくれと頼み、続いてウェイトレスを呼びつけた。

そうして、客に料理を持って行けと言った。

当たり前の行動である。料理を注文している客がいるのに、持っていかないなんて、レストランではあってはならない事だ。店長は、ごく普通の要求をしたに過ぎない。

しかし、彼女は、聞いたとたんに叫んだ。

「嫌です! 持って行きたくありません!」

恐怖と嫌悪の響きが、はっきりとあった。しかも遠慮なく叫んだものだから、店の中にいた者全員の耳に届いた。

怒鳴られた事でパニックを起こしたのだろう。それはわかる。

恐怖をいだいたのだろう。それもわかる。

けれど、自分のやるべき仕事=注文をきいて料理を運ぶ事を放棄して。呼ばれても無視していたのは彼女である。

注意なり、何なり、されるのが当たり前だ。

行動には結果が付いてくる。行動したなら、結果を引きうけるのは自分自身。それが当たり前である。

なのに彼女は、頭からそれを拒否した。

彼女にとって、この八人の客は、モンスターのような存在になっていたのだろう。頭の中で。

見ないふりをしている内に、どんどん怖い存在になってしまったのだ。

だから余計に無視した。はやく消えてほしい、いなくなってくれればありがたい、それだけを念じていた。この八人の客は彼女にとって、そういう存在でしかなかった。

黙って見ないようにしていれば、いなくなってくれるだろう。

それでとにかく見ないふりをし、考えないようにして、近づかないようにしてきたのだ。

なのに、店長はそこへ行けと言う。

ひどい!

その時の彼女の心境はそんなものだっただろう。だから叫んだ。拒絶した。

しかし、考えてみてほしい。この彼女の行動で、どれだけの人に迷惑がかかっていたか。

二組の家族は、空腹を一時間も耐えさせられた。

調理した人間の努力は、台無しにされた(どんな調理人だって、出来立てを食べて欲しいものだ。料理はさめきっていた)。

叱られると気の毒だと、気遣った客の思いも踏みにじった。

ちなみに四人の小学生は、限界を超えて、無口になっていた。お腹がすきすぎて、何か言うだけの気力もなかったのだ。悲しい顔で座っていた。……それも、彼女には見えなかったようだ。店にいる客全員に聞こえるほどの声で拒絶した、その言葉も子どもたちは聞いていた。子どもにとって、そのような言葉を聞かされるのは、かなり痛い。見知らぬ相手であっても。一番小さな子どもは、明らかにショックを受けていた。

なのに彼女には、何も見えていなかった。

ただただ、思いのままに叫んだ。拒否した。

店長はあぜんとした後。きっぱりとした態度で、運べ、と命じた。すると彼女はさらに言った。

「絶対嫌です! ひどい!」

何がだ。俺は当たり前のこと言ってるだけだろう。

店長はそう思ったに違いない。彼女をしかりつけた。

「バイトでも、お金もらって仕事しているんだろう。責任持って働け!」

彼女は泣きだした。それでも店長の態度が変わらないと見てとると、ぶるぶる震えながら、さめた料理を運んできた。



☆★☆



実話である。この時のAの家族の小学生の一人が私。

泣くほどイヤなのかい、私たちに料理運ぶのは。と、子ども心に思った。間違えたのなら、確認にきたら良い。慣れていないので間違えたと、わびてから確認すれば、すぐにどうにかなったのだ。

なのに彼女は、無視する事を選んだ。

問題が起きたのを認めたくなくて、目をそらし。見ないようにしているうちに、問題がなくなる事を期待した。

その結果、前よりもっとひどい事になった。

彼女には、想像力が著しく欠けていたのではないかと思う。いつも誰かがどうすれば良いか指示してくれて、それに乗っかって生きて来たのだろう。自分で何かを考えるという事がなかった。だから、思いもよらない事が起きた時、無視して見ない、という方法を選んだ。

たぶん、今までは、そうしていれば、誰かが何とかしてくれたのだろう。

びくびくしながら無視していた、高校生の彼女の姿が、今も思い浮かぶ。私よりずっと年上なのに、あんまり賢くない人なんだなあ。と、その時は思った。

ウェイトレスが客に料理を運ぶのを拒否し、はっきりわかるほどの大声で嫌だと叫ぶなんて、店にどれだけ打撃を与えるか。噂の流れるのは早い。悪い噂があれば、客は別の店に行く。さらに怒った客が訴えたりしようものなら、即、閉店になる。

はっきりこう考えたわけではないが、そのような事を考えた。……小学生にもわかる事だ。

なのに彼女の頭にあったのは、

「私が叱られるのは嫌だ」

これだけだった。

客がどんな思いをしているのか。お腹のすいた四人の子どもがどんな顔をしていたのか。それを見る両親が、どれだけ心を痛めていたか。そうしたものが、一切見えなかった。

彼女にとっての世界は、あくまでも自分だけのものであり、自分と相手、一対一だけのものだったからだ。他は存在しない。だから見えない。

このあと、料理を食べた私たちは店を後にした。レジの係も彼女で、目をそらされた。

店を出ると、後ろで騒ぎが起きた。

「お帰りになった!? なんで知らせなかったんだ!」

店長の声だった。迷惑をかけた客に、お詫びをしようと思っていたらしい。

「そんなの、知りません! 言われてません!」

叫ぶ彼女の声。

「迷惑かけた客には、謝るのが当たり前だろう! なに考えてるんだ!」

店長が店から走り出てきた。この時点でもう、うちの両親は店長が気の毒になっていた。おなかも一応いっぱいになっていたし。

「もう良いですから。料理は来たし、食べれたし。食べた分は支払うのが普通でしょう」

料金を返すという店長に母が言い、父もうなずいた。店長、ばっと頭を下げて、すみません! と叫んだ。

「気にしてないわ。また来るから」

そう言った母に、店長、何度も頭を下げていた。

ちなみにウェイトレスの彼女からは、最後まで謝罪はなかった。次に行った時にはもういなかったが、あのあと、どうなったのだろう。



☆★☆



想像力が欠けると、こんな事になるの実例。見るべき事も見えなくなる。

彼女は最後まで、自分を被害者だと考えていたのではないかと思う。

被害者だから、謝罪するという所に頭が行かない。何を言われても、理不尽だ、と思う。だって、自分は被害者で、可哀想な存在だから。

……別な意味で、可愛そうではある。確かに。

これは私が子どもの時の思い出だが。こういう人が増えている。そんな気がする。

目をそらしていれば、問題が解決するなんて、そんなことはない。

もっとひどくなる。

なのに、考えるな。流されていろ。目をそらせ。そう言う人の、どれだけ多い事か。

頭、使おうよ。

想像力、鍛えようよ。

とりあえず、そう思う。







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ムーンガーデン 第八話 
「十月 ウバの香りと十三夜」

更新しました。

喉の痛い時に、つるんとしたゼリーは美味しいんですよね(^-^)

ムーンガーデン 第八話「十月 ウバの香りと十三夜」

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最後の竜騎士 第三話 「心の拠り立つ場所」

更新しました。

もっとわかりやすいタイトルが良いかと、悩みましたが。結局こうなりました。
しかし話が進まない……。

↓小説ページに飛びます

最後の竜騎士 第三話 心の拠り立つ場所



知人の訃報が入りました。心臓に異常が起きて、緊急手術をしていたのですが。
さきほど、亡くなったとメールが来ました。

普段から、体に異常がある人の場合、気候が変わると自分で気をつけるのですが、
普段、特に異常のない人の場合、おかしくなっても無茶を続ける。それである時、ガクっとくるみたいですね。私も経験ありますが。

まだ若い人でした。今は、残された家族ができるだけ支えられ、慰められるよう、祈る他にできる事がない。そうするつもりです。
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参考書がそろわない。がんばってくれ、アマゾン。

ムーンガーデン、今、ミツティさんの所に送っているのですが、返信が来ない。連休が入って大変なのかな(*_*; 今回は、東京まで行ったり来たりしていて、仕上げるのが遅くなってしまったので、ミツティさんの所に送ったのは十月五日でした。確認が終わったら上げますが……もう少しかかるかも。

タイトルは、「ウバの香りと十三夜」

十月の話は、月見がテーマです。中秋の名月は、旧暦の八月十五日、今年は九月二十二日でしたか。満月は二十三日でしたが。

すたれてしまった習慣ですが、日本では実は、旧暦の九月十三日と、十月十日にも、月見をしていました。

九月十三日は、「十三夜月」十月十日は「後の月」と呼んでいたみたいです。地方によっては、中秋の名月を芋の月、十三夜月を豆の月とか栗の月、と呼んでいたようです(呼び方が逆になる地方もあります。その時取れる、お供え用の食べ物の名前で呼ばれた為でしょう)。

今年の旧暦九月十三日は、十月二十日になります。月齢が十三日目になるのが、それぐらい。来年、2011年は十月九日になります。陰暦は月の満ち欠けを基本とした暦なので、これだけずれるんですね。


最後の竜騎士、第三話 サブタイトルが決まらない。三千文字分、仕上がっているので、今夜遅くに上げられると思います。


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授業につながらないので、少し時間があいた(……)。

良い機会なので、つらつらと、書いてみる事にする。

ラナンキュラスさんの活動報告で、ずっと、妹さんの職場で起きているいじめ問題を見てきた。本人からではなく、また聞きの状態、プラス情報が断片的なので、正確な状況がわかっているとは言えない。それでも見えてくるものがあったので、あまり力になれないかとも思ったが、少しアドバイスらしきものもした。

力になったのかどうか、わからないが。

まず、いじめを受けているのは妹さん……この場合、Aさんとしよう。彼女は孤立している。

働いている同じ現場のボス的存在、Bさんが、彼女を無視したからだ。同僚たちは全員、右にならえをして、Aさんを無視し始めた。

ではなぜ、無視が始まったのか。

原因は、Aさんが、Bさんの誘いに乗らなかったから。

その誘いとは何か。

就業時間中に、仕事を休んで、他の人々とコミュニケーションをとるべく、お茶を飲んでおしゃべりする事に加わる事。Aさんは、その誘いに乗らなかった。仕事の手を休めると、お客様に出す商品が間に合わない。それを知っていたので、断って仕事をした。

……この時点で、何か間違ってるだろう、それ。と言いたくなった。仕事の時間に仕事しないって、何だ。

ともあれこの結果、Aさんは「協調性がない人」とされ、無視が始まった。他の人がお茶をしている間、一人で働き続けている。

本来、大勢でやる仕事を、一人でやるのだ。無理が出る。お客様に出す、商品の陳列が間に合わない。どれだけ頑張っても、遅れてしまう。

しかし、無視をしている人々は、誰も彼女に手を貸さない。彼女が一人で働いているのを眺めながら、くつろいでいる。さらに、中傷が始まった。一人で別行動する人間は、許せないと言う風潮が、日本では強い。ボスに逆らう彼女が、「変な人間」だと言い合う内はまだ良いが、そのうち、その言葉はたやすく変化していった。「変な人間」→「どこかおかしな人間」→「だったら、何か悪い事してるにきまってるよね」

自分たちが仕事をしない事への、後ろめたさもあったのだろうか。噂は本人の知らない内に、他の部署にまで広まった。Aさんを無視する人がどんどん増えた。

それでもAさんは、自分を曲げず、一人で仕事をし続けている。休日には何をする余裕もなく、ばったり。だそうである。


* * *


この流れを見て思ったのは、「すべてが噂で決定されてゆく恐ろしさ」。

就業時間には仕事をする。この当たり前の事が実現できない。そうして、規則に従って働いていた人が、憶測で中傷され、立場を悪くしてゆく。

正確な情報が発表されていれば、そうした場所が一つでもあって、きちんと機能していれば、ふせげた事である。

同時に思いだした事。

通信教育で大学に通っている私は、レポート作成の為に多くの資料を読む。全然関係なさそうな本も、あえて読む。ちなみに前期の授業では、絵本、児童文学に加えて、インディアンの詩や哲学、教育関係の指導書、心理学関係の新書やら何やら。そう言えば、クレーマーに対応する本も読んだ。なぜそんな物読んだんだ私。

その中の、教育関係の本に、気になる事が書いてあった。いじめの根にあたるのではないか、という事例。

男の子のグループが遊んでいる時に、一人が、カエルを生き埋めにする遊びをしようと言いだした。

子どもたちは、命は大事にしなければという事は知っている。

しかし、言いだしたのがボス的な少年だったため、何人かが賛成した。

そうすると、残りの者も、なし崩しに賛成してしまい、カエルを生き埋めにする遊びが行われてしまった。

昭和五十年、1975年に出された本に載っていた事例である。現代のいじめ問題の、原型がここにある。(『「学び」の構造 著:佐伯 胖(さえき ゆたか))

仲間同士で遊んでいる時、誰かがカエルを殺そうと言いだす。何人かが賛成する。そうすると、反対が言い出しにくい空気が生まれる。

仲間の「和を乱し」たら、ケンカになるかもしれない、と思うからだ。

「みんな仲良くしなさい」と、大体どこでも教える。もしケンカをしたら、そうした教えにも反してしまう。

自分が悪く言われるのも、悪い立場になるのも嫌。となれば、賛成するか、黙って見ているかしかない。

結果、カエルは殺される。

この時、正しい事とは何か。仲間に賛成してカエルを殺す事か。

さからって、仲間外れにされても、やめろと言う事か。

人には、「たたかう」時も必要だ。著者はそう書いている。『何が本当に善いことなのか、何故それが一番良いのかについての問いかけ、より原理的なものへ、より根源的なものへの問いかけ、これを幼い時から身につけねばならない』。(『「学び」の構造 第三章四、開放性の道徳)

ナチスもヒトラーも、民主的に選挙で選ばれた。多数決によって。

日本人は忘れがちだが、多数決は絶対ではない。数の多いものが、いつも正しいとは限らない。

だからこそ、考えねばならないのだ。問いかけなければならないのだ。

「それは本当に、正しいのか」
「何が善いことなのか」
「なぜ、それが一番良いのか」

考えること。何が本当に善いことなのか、考え、考え続けること。

間違える時もある。傷つく事もある。

それでも考える事を、やめてはならない。考え、行動する。心と行動を一致させる。そうして、学び、考え、行動する事で、人は本当の意味で自由になる。成長する。

「おかしいのではないか……でも、黙っていよう。その方が安全だから」

こうして、良くないと思いながらも、自分の心を押さえつけ、目をそらす人は、自分自身をも裏切っている。不安は残り、目をそらす苦痛はにぶくどこまでも続き、決して自由になる事はない。

「たたかう」ことも、必要なのだ。ただし、その戦いは、恨みに根差したものであってはならない。

愛から生まれたものでなくてはならない。さもなければ、復讐やねたみがはびこり、被害を受けていたはずの人が、次の「加害者」になってしまう。


* * *


Aさんの場合、「誰が正しいか」が問題ではない。

「何をするのが正しいか」を考える。

彼女は、「規則通り、仕事の時間には仕事をする」事を選んだ。一人になっても。

なぜか。責任を果たすためだ。

誰に対しての責任か。……やって来るお客様に、商品をお出しする為の責任だ。

店に商品が並んでいない、なんて事が起こらないように、力をつくしたのだ。

彼女は、仲間に忠誠を尽くすよりも、お客様に対して責任を果たす事を選んだ。

非難できる者がいるだろうか。


* * *


後から聞いた話では、Aさんは、待遇が改善する兆しが見えてきたらしい。いじめの中心にいた人とも、話ができたそうである。

こうなると今度は、Aさんの心の問題が出てくる。今までの怒りから、目がくらんだりしないように。自分自身の魂の根を、憎しみから、自分で汚さないように。「誰が正しいのか」ではなく、「今、何をするのが一番正しい、善いことなのか」を、考えて欲しい。おそらく、今こそ、最も必要になる。それを考える事が。

自分を傷つけた人間にも、公正であること。

必要以上に優しくする必要はない。ただ、公正さは、絶対に必要だ。

私ばかり、貧乏くじじゃないか。

そう感じるかもしれないが。心を自由にする為には、必要だ。恨みや怒り、憎しみが心に渦巻いていると、それに囚われてしまう。自分で自分を縛ってしまう。それにより、さらに自分を傷つけてしまう事もある。

公正であろうと努力するなら、そうした事から心が自由になる。


* * *


当たり前の事が、当り前にできない状況と言うのは、どこででも起こりうる。

それをくぐり抜けようとしているAさんには、エールを贈りたい。同時に、祈りたい。

その魂が、自由であるように。

愛がいつでも、彼女の側にあるように。



……えらい長い文章になった(^_^;)。授業もう、完全に終わってるよコレ。もう少ししたらダウンロードしよ。

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ゆずはらしの

Author:ゆずはらしの
「小説家になろう」にいくつか小説を上げています。

公民館で絵を教えています。水彩画。

紅茶、ハーブ、アロマなどが趣味です。でも手際はあまり良くない。お茶は淹れられるんだけどね。お茶はね!

思いだしたように記事を増やしてゆく予定。

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