2017 / 07
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ウラジーミル・ヴァヴィロフという作曲家がロシアにいた。

赤貧の中で亡くなった。

彼の作品は、生前、ほとんどが、別の人間の作品として発表された。

ヴァヴィロフは、おそらくではあるが、クリスチャンだった。

旧ソヴィエトの時代、キリスト教的なものは激しい弾圧を受けた。とある母親が子どもに、子守唄がわりに賛美歌を歌ってきかせただけで、つかまって収容所送りになった話もある。

そんな中、ヴァヴィロフは、「アヴェ・マリア」を作曲した。

「アヴェ・マリア。アーメン」

歌詞はこれだけだ。

しかし、この歌は、世界的に有名になった。たったこれだけの歌詞の歌だが、悲しみと苦しみ、悲哀と、それでもあきらめずに前を向く、そうしてわたしの全てを神の御心にゆだねよう、という祈りが、

歌にはあった。

スラヴァという歌手がこれを歌い(またこの歌手も素晴らしい力量を持つ歌手だった)、メロディの美しさと共に、たった二つだけのシンプルすぎる歌詞、それなのに胸に迫る歌として、広まった。

「カッチーニのアヴェ・マリア」として。

ジュリオ・カッチーニは、16世紀、バロック音楽初期の音楽家だ。ヴァヴィロフは自分の音楽をよく、昔の音楽家が作曲したものとして発表していた。

「アヴェ・マリア」発表の当初は、「作曲者不詳」とされていたが、いつの間にか、カッチーニの作品であるとされ、そのまま世間に広まった。

ヴァヴィロフは、沈黙を貫いた。

過去の音楽家が作曲した音楽を発見しただけなら、罰せられることはない。

だが、現代の音楽家がアヴェ・マリアを作曲したと知られたら。取り締まりの対象になってしまう。

それがわかっていたからだろう。

たとえ、自分が作ったと知られなくとも。歌は残る。長く生き延びて、新しい時代にも歌い継がれる。

そんな思いも、あったのかもしれない。


アヴェ・マリア(ああ、マリアさま)!


ひたすら、そう叫ぶように歌うスラヴァも、作曲家の思いをどこかで感じていたのだろうか。

救いを求め、助けを願い、最後にはただ祈りとなるこの歌を聞くたびに、

苦しみの中にあっても、悲哀の中にあっても、善きことを、美しいものを求める人間というものを、考えずにはいられない。

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ゆずはらしの

Author:ゆずはらしの
「小説家になろう」にいくつか小説を上げています。

公民館で絵を教えています。水彩画。

紅茶、ハーブ、アロマなどが趣味です。でも手際はあまり良くない。お茶は淹れられるんだけどね。お茶はね!

思いだしたように記事を増やしてゆく予定。

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